The Couple

見えない「関係」を可視化する『 THE COUPLE 』

 「The Couple」は、「関係」をテーマに、「春画」における手足の表現を引用したシリーズである。作品は、彫刻・絵画・ドローイングなど、さまざまな表現での展開を試みている。

 私が「春画」に着想を得る以前は、「今」という目の前にある現実や真実の不確かさを、自身の作品で表現しようと模索していた。誰もが一度は思う「自分が見て感じていることは真実なのか?」という問いかけに対して、私は、目の前の「今」に疑問を持ち不確かさを感じる一方で、その「今」が起こった(起こり=物事の始まり)ことの確かさを感じとっていた。

 私たちの前には、つねに「今」が生み出されている。 今目の前に人がいて、今いる場所があり、今会話が始まり、愛情や悲しみが生まれ、季節が移り変わり、さまざまな現象が起こる。その「今」は絶えず生まれ続ける、つまり絶えず変わり続ける、不確かなものである。
 一方、私たちの間には、かならず「関係」がある。 私と人々、私と物、私と時や場所。私たちは自分の身ひとつでは存在できず、「関係」することで、初めて存在している。しかしその私たちを私たちたらしめる「関係」は、目に見えるものではない。
 目には見えないが確かに私たちの間にある「関係」が、目には見えるがつねに不確かな「今」をつくりだしている世界。 この謎かけのような問いを通して世界を見るうちに、気がつけば、「今」という現実や真実が意味や形を失い、「関係」という見えないものが輪郭をもち始めたのである。

 私は、この見えない「関係」を表現したいと思った。当時の私は、物事のつながりを、境界が曖昧で、混ざり合ったものとして表現していた。「春画」との出会いは、私の中で見えなかったものが、見えるものとして現れた最初の衝撃であった。私が、「関係」の代わりとして「春画」から受け取ったのは、手足の結び付きと表現である。複雑に絡まり、どちらの手足なのか見分けがつかない。そのもつれは、紐の結び目か、知恵の輪のようである。ひとつでは存在できない恋人たちが、手足を絡ませ互いをつなぎ止め、それぞれの境界を失い一体化してゆく。大胆で感情的な、手足の絡まり、指先の触れ合い。そして、それによって露わにされるさまざまな「関係の姿」。「春画」の手足の結びつきを通して、あらゆる物事の起りを見ているようであった。

 以来、私は世界を人間の身体に置き換えて表現する。人間の身体の中心・胴体というものを「不確かな今」そのものと捉え、その存在を曖昧にし消失させていく。そして、「今」を生み出す源である「関係」を、手足の結びつきによって目の前に現そうと試みている。

2018. 兼子真一

春画の参考資料

参考資料|Reference Photos

"the Couple" Series(2013~): Inspired by the Shunga of the Edo period.

KANEKO Shinichi placing his focus on the viewpoint and expressions unique to Japan, and inspired by the shunga of the Edo period, created "the Couple" Series of sculptures. The sculptures like Japanese shunga present human figures entwined in anatomically impossible postures of sexual congress and bring the two-dimensional world of shunga vibrantly into our three dimensions. By passionately sculpting the impossible figures depicted in shunga, Kaneko's two separate beings become molten and the "boundary" separating them is thus sublimated to the "relationship" connecting them.
KANEKO focuses upon the twining limbs of the erotic shunga prints and sees them as constituting a perfect whole. The ecstatic tangles of hands and feet conjure up wire puzzles or knotted strings; the individual lover's body, hands and feet are so entwined, they are impossible to distinguish. KANEKO totally embraces the chaos and presents a compound viewpoint connected by a "relationship" with its own concept of order.

春画の手足を引用した彫刻「The Couple」シリーズ
春画の手足を引用した彫刻「The Couple」シリーズ
春画の手足を引用した彫刻「the couple」シリーズ
春画の手足を引用した彫刻「the couple」シリーズ

兼子真一「the Couple」シリーズ

KANEKO SHINICHI, "the Couple" Series

 

春画の手足を立体化した彫刻『和合』

... 兼子は春画に対して、混ざり合う人間を「塊として描くこと」と 「繊細な手足の表現」を発見した。対極的な2つの表現によって、ポルノグラフィを越えた広い世界を捉えたのである。2015年作の「手足和合」は、この点を掘り下げた最初の作品である。
指は人間にとって外部と常に接触し、自他の違いを実感することで関係が生まれる場所である。指には関係を表す所作が数多くある。約束をする時に互いの小指を交わらせる、指切りげんまん。手を合わせれば祈りとなり、印を結べばそこに仏が現れる。春画において、着物や場所、髪型など描かれた人物の社会的な関係を知る手がかりは多く描かれているが、感情的な関係を知る手がかりは思いのほか少ない。詞書がある場合ことばで補われる場合が多いが、絵の中で感情が現れる場所は手足の動きに限られ、観る者が絵の世界に没入する仕掛けとなる。
絵師たちは、手足の表現はどこで学んだのか。おそらく歌舞伎や踊りであったと考えるのが自然である。二の腕の返し方で男女の違いを示し、手足を反らせ、くねらせるなどの動きによって人の老若や感情を表現するなど、肉体による言語ともいうべき存在である。芝居に接することが多かった絵師にとって、役者が舞台で行なう表現方法を画面の中で効果的に伝わるように翻案していった。つまり、手足の動きは風土で培われてきた歴史があり、兼子は歴史の中に蓄積された表現を彫刻として形にし、詞書を付けて物語を仕立てた。...

(アートフェア東京2016/「兼子真一『大人国巡り2016』によせて。成城大学民俗学研究所 山野井健五」より抜粋)

"WAGO"

... The sculptor KANEKO Shinichi finds his interests in two elements in Shunga; "expressing as a mass", and "a sensitive expression of hands and feet". With these bipolar elements, he captures the world beyond pornography. "WAGO" in 2015 was the KANEKO's first work, which focused on these two elements.
Fingers are the points that always touch with the outer world and where you realize the difference of others and yourself. So we have many kinds of gesture in Japan to indicate "the relationships". For example, you would cross your little finger with that of the other when you make a promise, or would put your hands together when pray, and you make a sign with fingers when try to see Buddha.
As for Shunga, it has actually only few clues to let us know the emotional relations among characters there, besides has many to show social relations such as the outfits, hairstyles, and places.
Though the words are often helpful when the work has some text parts, the movements of hands and feet are the very efficient gimmicks for the audience to get deeply into the world of story since those are the only points in the picture parts where the characters' emotions are expressed.
From what the painters learned the ways of expression by hands and feet? You can naturally think of the Kabuki and Japanese dance. Kabuki and Japanese dance can be considered as the language by body, as showing a difference of man and woman with the way to turn the upper arms, and expressing an age and emotions with the motion such as tipping back or twisting the wrist. Then the painters, who had many opportunities to see the play, adapted the expression of actors on the stage into their paintings to work effectively.

( KANEKO Shinichi's "Otonakoku­Meguri 2016" By Kengo Yamanoi, Seijo University, Institute of Folklore Studies )

春画の手足を立体化した彫刻作品「手足和合」
春画の手を立体化した彫刻作品「和合・心音」
春画の手を立体化した彫刻作品「和合・円窓」

兼子真一「和合」

KANEKO SHINICHI, "WAGO"

PAINTING / DRAWING